2020年7月20日月曜日

2020年07月の竜舞亭第一例会の話:Return of the Runelords #01

なんと実質4年ぶりの更新となる。書かなくなった理由は単純に多忙による疲労と意欲の減退だったが、書きたくなったのは生活環境の改善によりまた意欲を取り戻したからである。Return of the Runelords Adventure PathはPathfinder RPG 1st editionに於ける所謂ルーンロード三部作(Runelords Trilogy)の最終章に当たり、古代魔法帝国Thassilonの辿った結末とそれを様々な方法で回避した(或いは出来なかった)ルーンロード達の現代への帰還が描かれているのだが、その性質上セッション上だけでは説明出来ないことが多く、また今迄Paizoが発行してきた様々な出版物に書かれてきたVarisiaとThassilon Empire関連の物語が複雑に組み合わさっている為、そういった部分の補助解説も是非行いたいと考えたからである。

 余談だが、当初の予定では次の開催予定は1st最終Adventure PathであるTyrant's Graspだった。以前にTar-Baphonの復活を扱ったCarrion Crown Adventure Pathを遊んでいたからというのが大きいが、世界を支配せんと復活した魔王との戦いというテーマにはやはり心惹かれるものがあったのと、当然ながら参加プレイヤーが遊んでいないAdventure Pathを選ぶ必要があったからである。以前と比べてオンラインでの開催が増えた為、各所でAdventure Pathが遊ばれる機会も増えておりそれは勿論喜ばしいことだが、こういった手前若干悩ましくもある。しかし、様々あり他所で開催されていたReturn of the Runelords卓が流れてしまった為に折角の機会だからと舵を切ることになった。

 Adventure Path参加者の面々は以下の通り。他卓とは終了タイミングが合わなかった為にプレイヤーは前回Adventure PathのStrange Aeonsからの継続となっている(更にその後時間調整として選んだ1st最終ModuleであるCradle of Nightもこの面子で終了しているのでこれも折を見て何処かで語りたいが)。

 初回は例によって事故を避ける為に2レベル経験点0からの開始となっている
プレイヤー名前種族クラス
makkouレーナ人間ミーディアム(遺物交信者)
首に執拗にこだわる謎のサムライ霊に憑依された二刀流カタナ使い。特徴は〔伝説の末裔〕。
ちーミェンウェン人間アンチェインドモンク
ケル・マーガの”封印修道会(Brothers of the Seal)”出身で腕に兄弟子の霊を宿す。特徴は〔霊との接触〕。
Waiz鈴雨フェッチリングスカルド(Urban Skald)
ミンカイ人の翁に育てられた捻くれ者。特徴は〔失われた時間〕。
トリグラフリヴィア人間オラクル(魂の導き役)
長柄武器を使いこなすオラクル。特徴は〔サーシロンへの誘惑〕。今回は欠席。
Clareニャルアーケイニスト(Aeromancer)
癖のある標準語を喋り大気の技を操る秘術使い。特徴は〔オードラニの味方〕。
2xxPテオドラ人間サイキック(Magaambyan telepath)
元男性の大自然系サイキック。特徴は〔不慮のクローン〕。
尚、以下はPathfinder Adventure Path #133『Secrets of Roderic’s Cove』序盤に関するネタバレを含みます。
また、シナリオは随所変更されています。

2020年7月1日水曜日

Blog再始動の話:Return of the 誰か

 今年は特に状況が状況である為に毎年恒例となっていたDAC愛知の開催が出来ず、また不定期で開催していたオフラインセッションも難しくなってしまった。あまつさえこうして何かを書くのがあまりに久しぶり過ぎる上にモノを読み取る力も書く能力もすっかり衰えてしまったが、それでも己の性分として何かを書かずにはいられない。

 しかし4年も経過すると界隈にも様々な変化があり、中でもPathfinder RPGの翻訳版が出版されたことと協会日本支部が設立されたことは予想外だった。過去にもDAC辺りの集まりで半ば冗談のように話題が出たこともあったが、様々な要因もあり実行されることはなかった。またそれに加えてDISCORDのように容易に交流が出来る環境が出来たことによりプレイヤー人口及び遊ぶ機会そのものが増えたのは本当に喜ばしい限りだと思う。TRPGのような複数の人間が集まって遊ぶ上で何より重要なのは”選択出来ること”であり、プレイヤー、マスターの双方に選択肢が無ければやがては硬化し壊死することになる。

 過去にも「位坂敏樹はTRPGをどう捉えているのかという話。」でも書いたがTRPGの根本は他者とのコミュニケーションであり、全く知らぬ相手とでも円滑に交流を行う為の切っ掛けになり得る共通話題こそがセッションという場だと考えている。

 もう1つ踏み込んだ話をするならば、コミュニケーション能力というのは技術であり、経験により成長出来る要素である。相手に意識を向け、相手の話を良く聞き、自他どちらの失敗や無知を悪と考えず認めて必要であれば学び調べ、自分を過度に貶めずかつ相手に多くを求めすぎない。容易ではないが地味な繰り返しと手痛い失敗を積み重ねていかなければ成長は見込めない、ともすれば万事に於いて軽く派手が好まれる現代向きではないとも言える。それでもこの遊び方を続けるのはこの遊び方でなければ得られないものがあり、更にはこうやって遊ぶことが出来る機会が様々な幸運により存続しているからである。続けていればこそ何かがあるのであって、投げ出してしまえばそれを感じることも出来ない。

 経験則で言うならば、良きにつけ悪しきにつけ積み重なった評判は自分に付いて回るものであり、良いものはいずれ何らかの形で自分を助けてくれるし、悪いものは何処かのタイミングで己に突き刺さるものである。只の娯楽でしかないから自分の楽しみを優先するのも良いが、折角そういった場所に加わる機会が出来たのであれば”皆と楽しむ”ことを選びたい。